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日産MID4シリーズ
 日産から「MID4」という名のクルマが発表されたのは今から20年前の1985年のことだ。フランクフルトショーで姿を現した後、同年の東京モーターショーで日本に上陸(日産が製作したから、正確には帰国だが……)したのである。車名の由来はエンジンの搭載方法(Midship)を表す"MID"と、駆動方式(4WD)を表す"4"から成るもの。

 エンジンは、後にレパード(F31)やフェアレディZ(Z32)でお馴染みとな るVG30DE(230PS)を搭載し、駆動方式にはフルタイム4WDを選択。加えてR31スカイラインにも採用されたHICAS機能を搭載している。

 WRCを始めとしたラリーの世界では4WDの優位性が証明されていたし、また1985年といえば4WDスーパースポーツの代名詞"ポルシェ959"のデリバリーが開始された年でもある。2シーターベルリネッタ、そしてミドシップ+4WDというコンセプトを持つこの「MID4」は、現在でこそ「幻のコンセプトカー」と化してしまった感があるが、当時は非常に現実味を帯びたモデルであった。
 
 市販化の期待にさらに拍車がかかる出来事はそれから2年後の1987年に起きた。第27回東京モーターショーにおいてさらなる進化モデル「MID4-II」が登場したのである。初代に比べ全長/全幅ともに拡大され、ややふくよかになった印象はあるものの、トンネルバックスタイルを持つミドシップベルリネッタ、そしてリトラクタブルライトといった基本デザインに変更はなく、初代と変わらずスーパーカー然とした佇まいを持っていた。

 注目すべきはそのパワートレーンの進化だ。2年前のMID4と同様、ミドシップ+4WDというコンセプトはそのままにエンジンをツインターボ化。この3Lのインタークーラー付ツインターボユニット"VG30DETT"は、後にZ32に搭載され、2004年まで続いた国産車の「280PS馬力規制」の発端となったエンジンでもある。だがMID4-IIの最高出力は280PSではなく330PSを発生するとされていたから、初代から比べると実に100PSのパワーアップとなる。

 さらにMID4では横置きとされていたエンジンが縦置きへ(同時にミッションも縦置きへ)と改められたが、このエンジン搭載方向の転換はミドシップスポーツカーの性能向上や進化の過程で必ず訪れると言っても良いものであり、MID4シリーズもその例にはもれていないという訳だ。また、サスペンション形式は4輪ストラットからフロントがダブルウィッシュボーン、リアがマルチリンクへ、またHICASも"II"へと進化。このようにMID4-II"公道デビュー"への期待はますます高まったのである。

 年月とともに"熟成"を重ね、市販化へのカウントダウンが開始されたかとも思われたMID4-II。写真のシルバーボディの他に数台が製作されたようだが、結局「プロトタイプ」の域を超えることなく、僕らの目の前から姿を消していった。時は80年代末から90年代初頭へ。バブル景気の終焉がその原因とも言われているのだが……。
 
 さて、今となっては「一体MID4が市販されていたらどのようなクルマになっていたのか?」という点については想像力を働かせる他に方法はない。「専用のミドシップレイアウト」というキーワードから思い浮かぶのはやはり「切れ味鋭いピュアスポーツ」というものだが、そのミドに搭載されるV6ツインターボパワーをハイテク技術を注ぎ込んだ4WDシステムで制御することを考えれば、「高性能グランツーリスモ」的な仕上がりとも想像できる。しかしそれを知る術はもう、無い。
 
 だが、これだけは間違いないだろう。MID4シリーズは、僕らクルマ好き達の"心を踊らせてくれる"クルマであったということだ。その後このMID4-IIはプリンス&スカイラインミュウジアム・レッドパーク(2004年に閉鎖)に展示されるなどして人々の目に触れる機会も多かったが、現在では日産座間工場跡地にある記念庫に保管されている。(マホロ)
■MID4
 
 
■MID4-II
 
 
■MID4-IMSA